私の母が、私の父と婚約を発表したのが今から25年前です。
母が22歳、父が26歳でした。当時の母は、今の皇后陛下の
若い頃にとてもよく似ていて、すごくもてていました。
(写真を見ましたが、本当に似ていました)


母は今でも父が勤めている会社の事務員で、父とは社以内恋愛
でした。婚約を発表した後、次から次へと「あいつと結婚するなら、
俺と結婚して」とプロポーズが相次いだそうです。

その中に、以前から母に手紙を送ったり、プレゼントを贈ったり
していたAさんと言う人がいました。当然、母は断ったのですが、
父との結婚式が近くなり、母が会社を退職の話が出始めた頃から
Aさんの様子が変わりました。

まず、変化その一。
毎朝、母の家(両親と同居)の郵便ポストに、左手で書いたような、
へたくそな文字で書かれた「おはよう Aです」と言うカードが
新聞が着くより先に入っている。(新聞屋さんが証言)

変化その2
会社に出勤するために駅のホームに行くと、駅のホームの掲示板に
「いってらっしゃい、(母の名前)さん。Aより」と書かれている。
掲示板は毎日終電の後に、綺麗に消すので毎朝書いていることになる。

変化その3
父と仕事の後に食事などをしていると、自宅の両親のもとに、
「(母の名前)さんが、見知らぬ男性と食事をしています。身の危険が
あるので、警察に連絡をしてください」と同じ声の人から電話がかかる。
(あとで、Aさんだったと分かります)

変化その3
駅から家まで、歩いて役10分程度なんですが、Aさんの声で
「(母の名前)さん、どこへ行くの?」と声を掛けられる事が
何度か会ったそうですが、不思議とAさんの姿は見当たらない。
(某、空家に入り込み、窓から顔だけ出して声をかけていた)

まだまだ色々とストーカー行為があったそうですが


父と母は会社の上司に相談し、Aさんに事情を聞きました。
でも、Aさんは罪を認めなかったので、警察に行く事に・・・。
ただ、当時の警察はこのくらいでは動きません。
でも、父の実家は山口県の政治家一家だったので、名前を出したら
すぐに調査に出てくれました。

まず、毎朝ポストに入っていたカードを持っていきました。
カードにはAさんの名前がフルネームで書かれていたので、
そのまま証拠として警察が預かりました。

次に警察の方と駅に行き、駅員さんに「毎朝、始発に乗って
駅の掲示板に伝言を書いている若い男性がいる」との話を
きき、Aさんの写真を見せたら「このひとですよ」と
言いました。

次に、声だけの事件です。母はこれを一番気味悪がっていました。
警察の方にどのあたりでいつも声がするのかを話すと、あっさりと
「きっと、空家にでも入り込んでいたんでしょうね」と言われ、
近くの空家を物色すると、Aさんが使ったと思われる、ジュースや
弁当のゴミが散乱していたそうです。ついでに、大きなタオルの
ようなものもあり、そこに寝泊りしていた事も分かりました。

ただ、この中で唯一罪に出来るのは、無断で空家に入り込んだ
事くらいで、他の事では罪には出来ないそうです(当時の話です)

でも、警察のほうからAさんへ脅しの電話をかけてくれると
言う事になり、父も母もこれで一件落着だろう、と思っていました。
でも、Aさんが行方不明になってしまったのです。おそらく、警察の
電話が逆効果になってしまったんだと思います。

そして数日後、Aさんが他県で窃盗をし、起訴されたので結婚式に
警察が張り込み、Aさんが来たら逮捕します。と連絡が入りました。
せっかくの結婚式なので、警察には来て欲しくなかったそうですが、
万一Aさんが変な事をしたら嫌なので、警察の入場を許可しました。

そして、想像通りAさんは結婚式にやってきました。
父と母の結婚式は、当時ではかなり大規模なもので、正装して
やってきたAさんは、始め人にまぎれて分からなかったそうです。

でも、警察の方はすぐに見つけました。顔の表情が違ったそうです。
他の人たちと違って笑顔が無く、ギラギラした目つきだったそうです。
Aさんはすぐに捕まり、結婚式は無事に終わりました。

でも、ここで新たな問題が発生しました。それは、Aさんが持っていた
結婚式の招待状です。これは本物で、Aさん以外の人の名前が入っています。
そして、招待状の本人は来ていません。まさか、このくらいで殺人
なんてと誰もが思ったそうですが、殺されていました。殺した理由は、
「結婚式の招待状が欲しかったから」と言う、とんでもないものです。

父の実家が圧力をかけたので、表ざたにはなりませんでしたが、
地元ではかなり騒がれたそうです。

そして、これには後日談があって、実はAさんはその8年後、
私が6歳で、小学校の入学式の時に刑務所を出てきました。
父が心配をして、小学校の先生に連絡をし、特に私に注意を
するようにお願いしてあったそうです。

入学して数週間後、Aさんは私の小学校に来て、私に声をかけました。
私はなんとなくとしか、覚えていないのですが、知らない叔父さんが
汚い格好で私の手をつかみ、とても怖かった事だけを覚えています。

助けてくれたのは先生ではなく、警察の方でした。様子がおかしい、
と言う事で、しばらくはAさんの周りを監視していたそうです。

私は、小さい頃からAさんの話を聞かされていて、それが原因で
小さい頃は人見知りが激しく、すこし暗い時期を過ごしました。

声をかけた、と言うだけでは罪にはならないので、Aさんは
警察のほうから「注意」を受け、今後執行猶予が終わるまで私に
2度と近づいてはいけない、と言われたそうです。

でも、それからしばらく「おじさん」というだけで私は怖くて、
家の中に閉じこもっていました。でも、高校まで無事に進み、
家族の誰もがAさんのことを忘れかけた頃、またAさんのニュースが
入りました。それは、Aさんの自殺です。

私が高校2年生の頃の事で、はっきりと覚えています。
身元の確認はAさんのお兄さんがしていました。
そして、Aさんのアパートの押入れに、私達家族のプロフィールと
写真が、山のように入っていました。
とくに私の写真が多くて、小学校から高校まで、日付とコメント付きで
ありました(でも、私は父似で母には似てないんですがね・・)

写真はとても不気味で、白黒写真に、私にだけ赤のサインペンで
色が塗ってありました。

気味が悪いものだから、と言う事で父に一枚しか見せてもらえません
でしたが、それだけでも十分で、しばらく意味も無く吐く日があり、
男性恐怖症のようになってしまいました。

Aさんの両親はすでに他界していて、お兄さんから何度も何度も
頭を下げられました。Aさんのお兄さんも、Aさんが原因で、まともな
職につくことが出来ず、いまだに一人身で不幸そうな雰囲気を持って
いる人でした。でも、私には同情する余裕はありませんでした。

ストーカーを規制する法律が出来た、とニュースで見たとき、
私と母は泣いて喜びました。母の時代にストーカー法があったら、
私達家族ももっと幸せにすごせたのに、と残念でなりません。

今は付き合っている人がいるのですが、結婚とかは考えられません。
Aさんのことがあるし、どうしても彼を信じきれないんですよね・・。