私自身ではなく、母の話です。 
母は、別に綺麗というわけでもなく 
ふつうの人です。人物、すべて仮名です(笑)。 


その母・チカが、めでたく結婚することになり、 
職場の人もみな知ることになりました。 
みんなが「おめでとう、チカちゃん」と 
母を祝福しだしたころ、同僚だった年下の男性が 
急におかしくなってしまったそうです。

突然、職場の人にも「チカちゃんは僕とつきあってる」と 
言い出し、それがあまりに理路整然と「結婚するという予定の 
吉田とは別れた。あいつはひどい男で、いっぱい女がいたから 
チカちゃんは傷ついた。だから、僕が幸せにしてやる」などと 
言い出したので、同僚は目を白黒させて、「ほんとかな」と 
疑い始めました。 

実際、チカと吉田の付き合いは、とても平穏かつ無事に 
進み、どっちの親も大賛成、という状況だったので 
この同僚男・佐々木の行動には困らされ始めました。 
まず手始めに、佐々木は会社の人をうまく丸め込んで 
「チカは吉田と別れた」と信じさせてしまいました。 
みんなが「チカちゃん、佐々木さんと結婚するんだって?」 
「おめでとう」とへんな祝福をするようになったので、 
チカと吉田もことの異常さに気付いたのですが、気付いたときには 
時すでに遅し。誰もチカと吉田の破局を疑わない状況に 
なっていたのです。


また、チカが吉田とデートした帰りは、やっぱりどうしても 
帰りが遅くなります。すると、チカの家の前に佐々木が立って 
いるのです(チカの家が国立だとしたら、佐々木の家は 
葛飾の外れにある、というぐらいの遠さなのですが)。 
そして、チカが実家に戻って部屋の電気をつけると電話がなり 
「チカちゃん、あんまり遅くまで遊んじゃだめだよ。僕は心配だ」 
「婚約者として、ひとこと言いたいけれど、君はいつまで 
あんな(吉田のことです)のと遊んでいるんだ」と 
言われるようになりました。 
チカ親も、「お前、このごろ佐々木とかいうのがうちの前に 
立ってるし、へんだ。お前は吉田君と結婚するというのに 
あの佐々木とかいうのは、こないだうちに乗り込んできて 
チカは僕と結婚するとかわめいたぞ。お前はいったいどうするんだ」と 
佐々木の念の入ったウソばらまき作戦に巻きこまれ始めました。 

佐々木は、そのうち吉田にも直接電話をかけるようになりました。 
吉田の会社に電話をかけては、「吉田はひどいやつだ」と 
わめいてみたり、吉田自身にも「チカは僕とつきあうと言っている、 
お前とは結婚しない」と言ってみたり。 
昔はストーカーなんて言葉もなかったし、そんな人もそうそう 
いなかったのでしょう、あまりに念入りな佐々木'sストーリーに 
吉田でさえ騙され始め、チカに確認までするようになりました。 
吉田「お前、佐々木とつきあってるのか?」 
チカ「どうしてあなたまでそんなこというの。わたしは 
   逆に佐々木のせいで迷惑してるんだ、会社でもへんなことを 
   言いはじめて、みんなも信じてしまった。わたしがあなたと 
   結婚するんじゃなくて、佐々木と付き合って結婚することに 
   なってしまった、困ってるのにあなたまでそんなことをいうのか」 
というわけで、チカと吉田の仲までぎくしゃくしはじめました。

でも、それでもふたりは結婚するつもりだったし、 
普通につきあいを続けていました。でも、相変わらず佐々木は 
チカの家の前に張り込み(これも、ドラマのように電柱に隠れて 
チカの部屋の窓を見張っていたそうです)つづけるし、 
どうにもこうにもまいっていたそうです。 

こんなこともありました。ある日、仕事場で佐々木が薄笑いしながら 
近づいてきて、チカにこんなことを言ったそうです。 
「チカちゃん、事故にあったらいいのに。脚が片方なくなるとか 
顔がぐちゃぐちゃになるなんてことになったらいいのに」 
さすがにチカもどういうことだと聞いたら、 
「だって、そんなことになったら、もう誰もチカちゃんのことなんて 
好きにならないでしょ。そしたら、チカちゃんは僕だけのものになるじゃない」 
これが、「塩酸でもかけられたら」バージョンのときもあり、 
それから仕事とはいえ、チカは前にもまして佐々木を避けるようになり 
佐々木の追跡も度を増していきました。

チカがいうには、本気で塩酸を用意しかねないので(美空ひばりの 
アレみたいですね)、それからは佐々木の手が届くところには 
いない・道路では歩道より奥に引っ込んで歩く(道路に突き倒されたり 
したらたまったもんじゃない)などの自衛策も施したそうです。 

わたし自身、こんなことを聞いたとき、「母は、一度でも佐々木と 
飲みにいったとか、そんな親密だと勘違いさせることがあったのか」と 
疑いました。 
でも、チカも佐々木も、とあるショッピングビルの店員だったのですが 
隣の店でもなんでもない、同じフロアにあるだけ、というつながりの 
違う店の店員同士だったそうです。もちろん、飲みにいったことも 
ふたりで話したことも、顔見知り程度に「おはようございます」しか 
ないとか。会話にもならない会話もどきしかなかったそうです。 
チカは明るい性格だったので、他の店にも友人が多かったのですが 
佐々木のことは、まったく「見覚えはある」程度だったそうです。