私の母方実家は代々続いたわりと大きな農家。
米、果物、野菜、たばこ等々手広くいろいろ作っている。

今年は津波のせいで塩害に遭われた田圃が多いこと
原発問題で国民に不安が広がっていること等があり
今から今年収穫される米が高騰するだろうことは予測されている。


こんな言い方は被害に遭われた農家の方には無神経かもしれないが
高い山脈が阻んでくれたおかげか
さいわい大気にも水にも土壌にも異常数値が出ることなく無事8月を迎えられた。

私は大学生で、バイトがあるから8月上旬までアパートにいたが
毎年お盆は地元に帰る。

8/8に、彼氏に「今年もお盆前に帰省するよ」とメールした。
そしたらすぐさま着信があった。
彼の番号だったから出たら、電話口の声は彼じゃなく彼の母親だった。

すごい涙声で何を言ってるか最初は聞き取れず
何度も聞き返してわかった。
「米くれ」
という内容の電話だった。

知人や親せきにまわす分はいつも取り分けてあるし
うちの分から30キロほど融通すればいいかーと思って
「新米の季節になったらご連絡しますね」
と言ったら急に向こうが泣きながら怒り出した。


彼母の言い分を整理すると

・放射能汚染された今年の米なんか食べたくない、殺す気か
・農家だから備蓄米があるだろう、それをよこせ
・さっきの「今年の米を食え」発言は脅迫にあたるから訴えられたくなければ去年の米をただでよこせ
・メロンとたばこももらってやるからすぐ送れ
・上記に従わなければうちの息子との結婚は許さない

らしい。


「彼に代わってください」
と言ったが結局そのまま電話は切れた。

仕方なくメールで
「さっきお母さんからお米とメロンとたばこを無料で送れって電話があった。
メロンなら融通できるけどお米とたばこは無理。
だいたい紙煙草に加工する前のたばこなんかあっても意味ないよ」
と送っておいた。

メロンなら黙ってても去年と同じく送ってあげたのに
何がしたかったのかとそのときは思っていた。

その日の深夜、メールの返信があって
「おまえがそんな冷たい女だとは知らなかった、別れよう」
と彼からだった。

なんかもうめんどくさくなって
「わかった、さようなら」
と返信してお風呂に入った。

お風呂から上がって携帯見たらじゃんじゃんメールと着信が来てた。

メール一通目「別れるっていうのはただの冗談、本気にするな」
二通目「冗談もわからない女は嫌いだ、やっぱ別れよう」
三通目「さっきのは嘘、ちょっと脅してみただけ」
四通目「なんで返事しないの?なんか言えよ」
五通目「おまえ調子のりすぎ。気取りやがってアホじゃね。別れる」
六通目「なーんて、おれとおまえが別れられるわけないよな?」
七通目「返事くれよハニー(唇の絵文字)」

と、「別れる」「別れない」が交互にえんえんループ。
「お互い冷静になってから話し合おう」
と返信してその夜は電源切って寝た。


8/10、彼がバイト先に来た。
接客が主のバイトだし仕事中に来られても相手できないから
「あとで話そう」
と言った。
彼は怒った顔で帰っていった。

8/11、彼からメールが来た。
「別れる決心がついた。おまえとは結婚まで考えていたが
うちの家族をないがしろにする言動が我慢できない。
うちの一家が内部被ばくしてもおまえはきっと高笑いしながら
実家の安全な米を独り占めして食ってるんだろうな。性根がくさってる」
という内容だった。

「あなたがなんと思おうと私一家は今年収穫されたお米を他の人と同じように食べるし
信じられないというなら仕方ない。もう会わないことにしよう」
と返事を送った。

そしたら数時間後、彼がアパートに来た。
「もう別れたんだし彼氏じゃないから家には入れない」
と言ったが
ドアの前で粘られ、チェーンはつけたままドアの隙間越しに話した。

彼「甘えてた、ごめん。別れたくない。やり直そう」
私「やり直すにしても今は話したくない。いったん帰って」
彼「下に母も来てる。謝りたいって言うから会ってあげて」
私「謝罪はいらない。どっちにしろ日を改めた方がいい」
彼「とにかく母を呼んでくるから待ってて」

彼、走っていってしまう。
私は正直彼母とは会いたくなかったけどとりあえずそのまま待っていた。

数分後彼母登場。
やっぱり泣きながら怒ってる。

押し問答タイム

母「ドアをあけなさい。中に入れなさい」
私「もうお話することは何もありません。どうしてもと言うなら後日話しましょう」
彼「おまえ、母さんに冷たすぎるぞ」
私「帰ってください」
母「警察呼ぶわよ」
私「ここは私の家ですから、呼ばれても問題ないです」
母「同じ女として家族の安全を守りたいという気持ちがわからないの」
私「いや現実問題として去年のお米はうちにはもうありませんから」
母「百姓はうそつきだから信用できない」
私「信じてもらえなくても事実なんで」
母「息子とは結婚させないわよ、それでもいいの」
彼「ほら、母さん怒っちゃったぞ。どうするんだ」
私「私は息子さんと結婚する気はありません」

そう言った途端、向こう二人が急に黙った。
「え?え?」みたいなポカーン顔になっていたからもう一度
「私はまだ学生ですし結婚なんて考えたこともない。
彼は結婚したいと思えるような相手でもないです。第一もう別れたから関係ない人です」
と言った。

「関係ないとか言うなよ…」
急に彼が落ち込みだした。
しばらく彼がうつむいて、彼母が泣きながら彼をなぐさめていた。
「それじゃこれで」
とドアを閉めようとしたらドアの隙間から急に何かぬっと突き出てきた。
裁縫用の裁ちばさみだった。
彼母がドアの隙間からはさみの刃の部分を突き出してジョキジョキいわせていた。
しかも見るからによく研いであるはさみ。

咄嗟に「警察呼びます!」と叫んだけど
なぜか本当に110番することには考えがつながらなくて
ずーっとドア越しに
「警察呼びます!警察呼びます!」
と叫ぶだけでなにもできなかった。

でもだれかが110番してくれたらしく
しばらくしたらパトカーのサイレンが近づく音がして、彼と彼母は逃げた。
その後おまわりさんが部屋に来ていろいろ聞かれた。

直接の被害はなかったから事件性は問えないが
またなにかあったらすぐ連絡するようにと言ってくれた。


翌日、私は朝早く帰省して、いま実家。

彼から「おれたちの愛を試す試練が多すぎる」
とかいうメールが来たけど
「うざ」
とだけ返信して着信拒否した。

彼(元彼)とは違う大学だし、引っ越してバイトもやめることに決めた。
彼と彼家族にはもうかかわりあいたくない。
家族の安全を守りたいという気持ちはわかるけど
やりかたを間違えてると思う。

とりあえず彼んちに送ってあげるはずだったメロンは私がやけくそで全部食べた。
半分にぶった切って、甲子園見ながらスプーンでほじくって食べた。
もうないからないものは送れない。